2015年の夏、2回目の旅。今回の目的地は、和歌山です。より正確に言うならば、「和歌山の私鉄」が目的です。
現在和歌山県には南海電鉄、和歌山電鉄、紀州鉄道という3つの私鉄が存在していますが、今回はそのうちまだ乗った事のない和歌山電鉄と紀州鉄道の2つに乗りに行きます。まあ、タイトルから分かる通り、紀州鉄道がメインなんですがね。
さらに、かつて和歌山県に存在したものの廃線となった有田鉄道。その一部が現在鉄道公園として整備されているらしく、こちらにも足を運びたいと思います。なので、今回はどちらかと言えば観光寄りになるかと思います。結局は乗り物尽くしですけどね。
ルートとしては、大阪より出発し、ちょこっと寄り道しながら和歌山駅到着後、まず和歌山電鉄を往復。JRに戻り、御坊まで行って紀州鉄道往復、ちょこっと戻って有田鉄道跡の鉄道公園に行き、またちょこちょこ寄り道しつつ帰ってくる、という感じです。
近場ということもあり、今回は日帰りとなります。ホテル代は結構かかるので、お財布に優しくていいですね。
※写真はクリックで拡大できます。もしクリック出来ない場合は、前後の写真をクリックすると関連写真的な感じで拡大写真を見ることが出来ます。
目次
今回は、大阪環状線の西九条駅よりスタートします。環状線の西側の方にあり、USJへの乗換駅でもあります。なお1時間寝坊してここへ来るまでに息切れしたのは内緒です。予定には支障なしですが。
いつもは近畿圏の鉄道は大回りというルールの厳しい方法(しかし格安)で乗ってるのですが、今回は青春18きっぷという事もあり「JRの普通電車のみ」以外の縛りがないため、大回りでは不可能な場所に寄り道していきます。
4両用の停目。大阪環状線を走る列車(特急除く)は基本8両、短くても6両なのですが、ごく一部の列車は4両編成で走るため、4両用の停目が存在します。
ホームの点字ブロックがある場所の上に等間隔で設置されていた機械。点字ブロックより外側(線路側)に出ると注意喚起のアナウンスが流れるようになってるようです。外側を歩く人は結構いる上に機械一つごとに独立した注意喚起が流れるため、結構うるさいです。
電気機関車の単機回送。西九条駅より分岐する、USJの最寄り駅がある桜島線には貨物駅もあり、その関係でこの辺りはそこそこ貨物列車が走っています。
その桜島線への折り返し電車が到着。西九条駅は2面3線(+通過線2線)の構造になっていて、桜島線がよく使用する真ん中の線路は左右両方にホームがあるという、JRではそこそこ珍しい形になっています。環状線の内回り外回り両方に挟まれる形になってるため、乗り換えはかなり楽ですね。
こちらは大阪環状線の外回り電車。環状線と言えばオレンジ一色ですが、近いうちに新車に置き換えられるそうです。
暇だと写真撮りまくる病発症中。ちょうどホームの隙間から朝日が差し込んで綺麗です。
B快速 西九条→新大阪
目的の列車がやってきました。B快速、新大阪行きです。B快速とは、通常より停車駅の多い快速という意味です。
大阪環状線から新大阪へ直通する列車は、特急なら一日中走っていますが、快速や普通となると、1日に1本、この列車しかありません。ちなみにこの列車は阪和線からの直通列車で、始発駅は和歌山駅です。
朝の時間帯、そして唯一の直通列車ということで、車内はそこそこ混雑しています。なんとか最前部は確保し、出発。すると環状線外回りの線路からさらに外側へ転線しました。
関空快速とすれ違いつつしばらく進むと、環状線の複線と分かれ、単線で地上へ下りていきます。この線路は一体何なのでしょうか。
答えは、貨物線です。「梅田貨物線」と呼ばれている路線で、東海道本線の新大阪から分岐して大阪駅を避け、環状線に入り桜島線へ直通する貨物線となっています。
元々はそれだけだったのですが、1988年に「なら・シルクロード博覧会」が開催された際、利便性向上のためにこの貨物線を利用して奈良から新大阪まで直通列車を走らせる事になり、西九条駅の配線を変更して直通運転を可能にしました。
後日、この貨物線と、さらに阪和線が接続している天王寺駅の配線を変更し、新大阪から阪和線への直通運転が可能となり、それまで天王寺発着だった特急列車が新大阪発着となったのです。
それ以来、全国的に減少傾向の貨物列車とは逆に特急列車の本数は増え、現在では特急街道と化しています。その特急が運転されていない早朝、深夜に限り、阪和線直通の快速列車も1.5往復のみ走っているのです。
なお、見て分かる通り西九条付近の線路は単線のため、増発は結構難しいです。
分かりにくいですが、大阪駅へ到着しようとする東海道本線の複々線+引き上げ線1線と、阪神高速道路の下をくぐります。都心梅田の近くにも関わらず地上を走っているため、周辺の道路は踏切によりしばしば渋滞します。
それらを通り過ぎると、線路を3本持つ梅田信号場。右側には広大な空き地がありますが、かつてこの場所はJR梅田駅(通称梅田貨物駅)という貨物ターミナルが広がっており、線路、貨車共に現在見えている空き地ほぼ全域に広がっていました。その広さたるや約24ヘクタール、東京ドーム5個分に相当します。東京ドーム行った事ないのでよく分かりませんが。
とにかく大きな貨物駅でしたが、国鉄分割民営化時に貨物駅としての機能を吹田に移転させ、梅田貨物駅の土地は売却して国鉄の債務返済に充てる事になったらしいですが、移転先の反対運動により遅延。結局更地化の工事が始まったのは、国鉄分割民営化から18年経った2005年であり、梅田駅の廃止はなんやかんやで2013年となりました。廃止後は、先行開発区域以外の更地化が始まり、現在の様子を見る限りそれも完了。先行開発区域は「グランフロント大阪」として高層ビルが建っています。
そして、梅田貨物駅の一部は特急や貨物列車がすれ違うための「梅田信号場」となり、3線のみが残されました、とさ。
寂しい気持ちを抱きつつ梅田信号場を抜け、複線でゆっくりと右カーブ。この複線の右側の空き地にも多数の線路があったのですが、見事に更地になってますね。
朝日が正面に来たところで左カーブし、東海道本線と合流。共に淀川を渡ります。
橋上で特急「はるか」とすれ違い。京都から梅田貨物線を通って関西空港までを結ぶ特急で、日中1時間間隔、時間によっては30分間隔で走っており、恐らく梅田貨物線で一番本数の多い列車です。
先ほど見た通り梅田貨物線は一部が単線のため、出来るだけ複線区間ですれ違うようなダイヤになっており、この橋ですれ違う列車も結構多いです。
貨物線を走るという特殊性から通常より多くのポイントを渡り、新大阪駅の一番西側のホームに到着です。
到着した列車は数分で折り返し、快速の湯浅行となります。梅田貨物線、大阪環状線、阪和線をも通り抜け、紀勢本線まで直通する稀有な快速列車です。新大阪から梅田貨物線を通る快速列車も、日に2本しかありません。
そんな湯浅行に乗車。新大阪行の時ほど乗客は多くはありません。
出発進行。途中西九条までは同じルートです。
大阪駅の近くにある車庫への回送列車を見つつ、分岐を渡り貨物線へ入ります。
再び淀川。左には朝日が、右前方には梅田の高層ビル群が見えます。
東海道本線と分かれ、複線でカーブを描き、梅田信号場へ。4枚目の鉄橋何かと思っていましたが、阪急のものだったのですね。小豆色の阪急電車が鉄橋を走っています。
どうやら、梅田信号場は通過するなら上下線とも減速の必要がない直線側を走る事が出来るようですね。
梅田貨物駅跡地。4枚目中央、ビルに挟まれ大きく傾いている低い屋根の部分が大阪駅です。
信号場を抜け単線となり、踏切を抜け高架へ上がって環状線と並びます。
環状線の複線に貨物線の単線を付け足した複単線(または三線)の状態でしばらく走行。
西九条駅が近付くと連続してポイントを渡り、両ホームに挟まれた中央の線路に到着します。
このまま直進すればUSJですが、この電車は桜島線ではなく環状線へ向かうので、またまたポイントを渡り左側へ移動します。以上のルートは、西九条駅に停車しない特急列車も使用しています。前後はポイントが連続してるため、西九条駅の真ん中を特急列車がゆっくり通過していくという光景が見られます。
数駅進んで新今宮駅手前。ここで直進すると環状線をぐるぐる回らなければいけないため、環状線から和歌山、関空、奈良などへの他線直通列車は関西本線へ転線します。
関西本線から大阪環状線へ転線する反対列車。
新今宮を出ると大阪環状線の外回り線をくぐり、天王寺駅に到着します。JRだけでも環状線、関西本線(愛称大和路線)、阪和線の3線が接続し、私鉄や地下鉄路面電車もあるターミナル駅です。
新今宮から関西本線に入った他線直通列車は天王寺でそれぞれの方向へ分かれます。奈良へ向かう列車はそのまま地上の関西本線を走り、和歌山や関空へ向かう列車は短絡線に入り、高架の阪和線へ。
少しの間だけ上り線を逆走し、その後下り線へ転線。無事、阪和線に入りました。
この短絡線もかつては単線(2枚目右から合流してる線路)で色々とネックだったのですが、最近複線化され、直通列車をより多く設定出来るようになりました。
しばらくは連続立体交差事業によって最近高架化された部分を走ります。その途中にて特急「くろしお」とすれ違い。京都・新大阪から和歌山方面、白浜・新宮までを結ぶ特急で、はるかと同じく梅田貨物線を走る列車です。ちなみに写真の車両は2015年10月で引退が決定してしまっています。まあ、国鉄車両ですし、仕方ないと言えば仕方ないのですが……。
堺に入る手前で高架は終了し、普通列車が待避している杉本町駅を通過。この杉本町駅からはかつて「阪和貨物線」が分岐していたのですが、最近廃止されてしまいました。
大阪市と堺市の境界である大和川を渡りつつ、普通列車とすれ違い。快速列車は大部分がJR車ですが、普通列車はまだまだ国鉄車両が圧倒的に多いです。
大阪市を抜けるとようやく快速停車駅「堺市駅」です。阪和線の快速列車は天王寺を出ると堺市までノンストップであり、その先も割と停車駅が少ない感じなので、乗っていて楽しいです。
また、特急や快速といった通過運転を行う列車が普通列車よりも多いため、待避設備も多めです。しかも、国鉄の幹線に多い複線+中線の2面3線の駅はなく、上下線共に待避可能な2面4線の駅が多いのが特徴です。これは、阪和線が戦時に私鉄を買収した路線だからです。
特急はるかとすれ違い。阪和線に乗っていると、本当によく特急列車とすれ違います。
鳳駅に到着。普段の「大回り」では乗れない区間その1に乗りたいと思います。
改札内にうどん・そば店がありましたが、飯を食ってる暇はないのでさっさと端っこの5番線へ。
阪和線と違いラインカラーが設定されていないため、JR西日本標準の青色となっている駅名標。また、ホームも阪和線に比べ短く感じます。
正面には乗務員用の詰所、裏はかつて線路があったっぽい跡があります。
列車もやってきたところで、そろそろこれから乗る路線について説明しましょう。
これから乗るのは、阪和線の支線、通称「羽衣線」です。阪和線鳳駅より分岐し、隣の東羽衣までを結ぶとても短い路線です。その距離なんと1.7km。これは、JR旅客会社の中で運転区間が一番短い列車の一つだそうです。
その短さから、車両は専用の3両編成1本のみを使用し、その1本か1日中行ったり来たりしています。
普通 鳳→東羽衣
本線からちょんと1駅だけ飛び出してる支線としては、関西では他に和田岬線がありますが、朝晩のみの通勤客輸送に徹してる和田岬線と違い、こちらは日中でも15分間隔で運転されており、割としっかりした需要がある事が推測出来ます。
ただ、1駅だけの区間を行ったり来たりするので、運転士さんは大変ですね。前後に移動するだけではなく、運転台の各計器の確認なども必要ですし。
車内はまあ、一般的な103系電車と同じです。扇風機もしっかり装備されています。
運転室は、通常の機器類に加えワンマン運転用の装備などもあり、非常にごちゃごちゃしています。
出発進行。カーブしきると高架に上がります。
少しだけ右カーブすると、東羽衣駅。二つあるホームのうち、左が降車用、右が乗車用となっています。
鳳から約3分で到着。近い!
東羽衣駅入り口。すぐ近くには南海電鉄の羽衣駅もあり、乗り換える客もそこそこいるのだとか。
他にする事もないので、駅に戻ってきました。
普通 東羽衣→鳳
予定では余裕を持たせてこれの一本後に乗るつもりだったのですが、早まる分には問題ないので予定より一本早いもので行きます。
高架を下りて、ゆっくり左カーブで鳳駅に到着。両端が終点なのと信号の関係で、駅進入時はかなり速度を落としています。
快速 鳳→和歌山
再び阪和線に乗り、和歌山へ。ちょっと急いでみたところちょうど電車がいたので、息を切らしながら飛び乗りました。車両外部を撮る余裕はありませんでしたが、車両は新大阪から乗ったものの同型です。
鳳を出ると左側に車庫が見えてきますが、朝の時間帯のためか車両は出払っていてほとんど残っていません。
ちょっと飛びまして快速停車駅、東岸和田駅。東岸和田駅では現在高架化工事中で、先日下り線が完成し使用開始。そのため、単線のみになりつつもピッカピカです。
上り線はまだ地上の仮ホームで、これから上り高架を作っていくところです。
駅を出るとすぐ地上へ戻ります。見ての通り直線が多く、阪和線の大阪府内では快速も100km/hを越えるスピードが出ます。
信号を見る限り待避線に入りしばらく停車ですね。特急待避でしょうか?
と思ったものの何も待避せず2分ほど停車した後発車。何だったのでしょうか……。
阪和線主要駅の一つ、日根野駅に到着。大きな車庫が隣接しており、さらに関西空港線が分岐します。日中は大阪環状線からの直通列車である関空快速と、特急はるかが関西空港へ向かって走っていますが、関空快速の本数が少ない朝晩は右側に停車してるような「シャトル」という種別の列車が日根野〜関西空港(全3駅)間を往復していたりします。
一部列車は分割併合を行うためこの駅で長時間停車したりするのですが、この列車はそんな事もなくすぐに発車。
駅を出ると左側に旧称日根野電車区が広がり、右側では関西空港線が高架となり右へカーブしていきます。
阪和線は日根野を出ると列車本数が少なくなり、田園地帯が増えてきます。そろそろ県境です。
山越えのためカーブが多くなり、速度も落ちてきます。そこそこ時間のかかる区間ですし、一旦足を休めるために座りますか。
山を越えて和歌山県に入り、山を下りたところで紀ノ川を渡ります。紀ノ川を渡れば、和歌山駅はもうすぐです。
渡りきったところで、特急くろしおの最新車両とすれ違い。そう言えば最近の車両ってあんまりヘッドマーク見ませんね。
快速とすれ違いつつ、最後の通過駅を通過。快速列車はどうしても路線の端から端まで快速運転を行うものは多くありませんが、ここ阪和線は天王寺から和歌山まで全線で快速運転を行っており、速達効果が高いです。日中は途中から各停になってしまいますがね。
駅を通過すると、信号や線路が段々と増えてきました。そして減速してポイントを渡り、一番右側のホームへ進入。普段は新大阪方面への特急が発着してるホームです。
終点、和歌山駅に到着。特急が発着するホーム故か、ちょっぴり豪華目です。
和歌山電鐵 和歌山→貴志
地下道を通り、和歌山電鉄への乗り換え口へ。ちょうど発車するところだったので急いでフリー乗車券を買い、飛び乗ります。なんか今日は走ってばっかりですね。
乗り込んだ車両は既存の車両を改造し、「おもちゃ電車」と名付けられたもの。デザインはJR九州の各車両をデザインした人と同じ人が担当しており、その人っぽい感じがします。私は好きではありません。
和歌山電鉄は、JRのホームと並んだ9番線から発車します。ほんの少しだけ並走した後にカーブして、一つ目の駅です。
なお、和歌山電鉄の表記は和歌山電「鐵」が正しいのですが、簡略化のため「鉄」と書かせてもらいます。ご了承下さい。
既に発車してしまっていますが、現在乗ってる和歌山電鉄貴志川線についてのお話を。
貴志川線は、元々は大阪から和歌山方面に路線網を持つ南海電鉄の路線の一つだったのですが、他の南海路線とは直接接続していない孤立路線で、利用客も少なく、南海は路線を廃止する事を決定。路線を存続させたい地元自治体は「運営に関して色々補助するから誰か引き継いで」と、引き継ぎ先を募集。結果、岡山で路面電車などを運行する岡山電気軌道が選ばれ、岡山電気軌道が2005年に実際の運営会社となる「和歌山電鐵株式会社」を設立。2006年に、南海から路線を引き継ぎ、運転を開始しました。比較的最近設立された鉄道会社ということになりますが、「IGRいわて銀河鉄道」や「えちごトキめき鉄道」などといったひらがなやカタカナでよく分からない文字列が入っていたりしないのは好感が持てます。
ちなみに車両に関しては南海時代のものがそのまま無償譲渡されており、うち半分は「おもちゃ電車」のような感じの改造が施されています。
車両自体は元々南海高野線で使われていたものを支線用に改造したもので、銘板を見ると昭和45年(1970年)製造、1995年改造、2007年おもちゃ電車に改造、というのが分かります。
私鉄の支線らしく街中を単線で進んでいきます。ほんと裏路地みたいなところ走りますね。
列車交換でやってきたのは「たま電車」、改造電車シリーズの一つです。猫好きな人にはいいかも知れませんが、どちらかと言えば動物嫌いな私としてはあまり乗りたくないです。
田んぼなんかも挟みつつ裏路地を走行。棒線駅もちょくちょくありますね。
小さな川を小さな橋で渡る、というこの構図もなかなかいいものですね。
列車交換。またまた改造電車シリーズ、「いちご電車」です。以上、「いちご電車」「おもちゃ電車」「たま電車」が現在和歌山電鉄に所属している改造電車たちです。普通にいきましょうよ……。
ポイントは発条転轍機、スプリングポイントなどと呼ばれるタイプのようですね。バネで一方に固定されていて、反対側からは押し出して通り、一定時間後バネで勝手に戻るというローカル線用のポイントです。
「先頭車の前扉からお降りください」 ワンマン列車では無人駅において運転士が切符・運賃を回収するため、運転士のいる一番前から降りる必要があります。都市部などの通常の列車とは違う方式のため、ワンマン列車では一番前から降りるよう、ステッカーや放送などで繰り返し案内してるとこが多いです。見てない聞いてない人もたまによく見かけますがね。
臨時信号機による40m/h制限。JRでは工事などの区間で割と見かけますが、私鉄で見たのは初めてです。
対向列車待ちでしばらく停車。どうやら車庫がある中心駅のようですね。
改造ではない普通の電車がやってきました。塗装は元の南海電鉄時代のままです。可能ならこの電車に乗りたかったのですが、改造された電車が優先的に使われているため、乗る事が出来ませんでした。
駅名は伊太祈曽駅。構内踏切もあったりと、色々と古いままっぽい感じがしますね。そういうの大好きです。
伊太祈曽から先は終点まで交換設備がなく、列車は1本しか入れないのだとか。景色も段々町から山っぽくなってきました。
勾配とカーブが目立つように。交換後のものと思われる枕木も目立ちますね。
突然大きな池が現れました。結構綺麗ですね。
見るからに島式1面2線の駅ですが、片方の線路は撤去されています。しかし、単式としても狭いホームですね。
この車両の扉は南海時代ワンマン化改造工事を受けた際に、ワンマン取り扱いの利便性向上のため扉を車両中間寄りから運転室直後に移設、そして両開きではなく片開きとされたのだそうです。普通列車で大型の片開き扉というのはあまり多くはなく、少しレアものです。まあ、その南海電鉄では片開き車まだまだ走ってるんですがね。
この駅も元は島式1面2線だったっぽいですね。やはり片側は撤去されてしまっています。
終点近くで客も少なくなってきたということで車内をちょこっと。カーテンの一部はすだれになっており、座席も通常タイプの他に木の座椅子みたいなものも。さらになぜか鏡や肘掛も設置されており、色んな意味で謎です。中央にポールが立っているというのも珍しいですね。
信号に従い徐行し、終点貴志駅に到着です。二線ありますが片方にはホームはなく保線関連の車両が留置されています。さらに踏切を挟んでさらに奥まで線路が延びていて、車両の留置も可能です。
駅はしっかりとしたものではありますが、無人駅です。
駅構内は花やお供え物などがあり、まるでお葬式ムード。なぜかといえば、先日駅長が死んだためです。
貴志駅は南海から和歌山電鉄へ引き渡された際無人されたのですが、それに伴い駅横の倉庫と駅との間にあったとある猫小屋の土地が公有地となり、猫小屋は撤去を求められ、困った飼い主が和歌山電鉄の社長に「駅に猫を住まわせてくれないだろうか」と相談しました。社長は猫達のうちの一匹「たま」を見た時、たまの駅長姿が浮かんだことから、猫達を駅に住まわせ、「たま」は貴志駅の「駅長」に任命されました。
その後、正式に和歌山電鉄の駅長や助役としてたまを含む猫達を任命し、元々駅近くに住んでいた事から利用者達に可愛がられていた事に加え、「猫が駅長に」という話題性からテレビなどでも取り上げられ、たまを一目見ようと全国から観光客がやってきて、実際に和歌山電鉄の売り上げは伸びたのだそうです。それらの功績もあり、たまはどんどん昇進。最終的には和歌山電鉄ナンバー2の社長代理にまで出世し、和歌山電鉄HPの会社概要に実際に社長と並んで名前が書かれています。
しかし、駅長就任から約8年後の2015年6月22日、急性心不全で死亡。28日は社葬がここ貴志駅で営まれました。たまは会社概要にも書かれている通り、名誉永久駅長となりました。
そして、私が貴志駅を訪れてから約10日後。和歌山電鉄の親会社の地元の岡山市内で保護され、伊太祈曽駅で駅長になっていた「ニタマ」という猫が「たま?世」となり、現在の貴志駅長となっています。
駅前は一般的な田舎駅の駅前、という感じですね。バスはあるようです。
駅舎は最近建て替えられ、猫の顔をモチーフとしています。
無人駅ということで改札などはなく、駅舎に入ってそのまま階段からホームに上がることができます。
駅構内には猫の写真や「たま」に関するお話などが色々と飾られています。撮ったのは「たま?世」の就役前なので、就役後はまた何か変わってるかもしれませんね。
なお貴志駅近くには駐車場はありませんので、伊太祈曽駅付近に駐車し、電車で貴志駅を訪れる事が推奨されています。
まあ駅長さんには特に興味はないので電車に戻りましょうか。連結部付近にはたくさんのおもちゃがケースに入った状態で展示されています。
香川県高松で走っている「琴平電鉄(通称ことでん)」や「鉄道むすめ」、和歌山を走る特急「くろしお」の新旧塗装や和歌山電鉄の改造電車など、鉄道関連のおもちゃもたくさん。
2枚目の「鉄道むすめ」で一番手前にいるのは「神前みーこ」といって和歌山電鉄の運転士という設定なのだそうな。よく見ると頭上に猫も乗っています。
和歌山電鐵 貴志→和歌山
乗ってきた電車でそのまま和歌山へ戻るとしましょう。
隣に留置されている貨車(?)。銘板には宇都宮とか富士重工とか書いてありますが、どこから貰ってきたものなのでしょうね。
運転台。通常の機器類の上にワンマン用の操作パネルが付け足されています。
運賃箱は運転席の真後ろで、運転士が席を立たないで済むようになっています。
出発。
さっきも見た池。大池遊園なる公園があるらしく、春には約1000本の桜が咲き誇るのだそうです。春にもう一度来てみるのもいいかもしれませんね。
伊太祈曽駅。いちご電車が待ってます。
いちご電車が先に出発。こちらは少しだけ発車待ちです。
乗車口案内ですが、これは南海の同じタイプのものですね。南海のものが残っているのか、残しているのか、どっちなのでしょうか。
こちらも南海と同じ仕様の駅名標ですね。運営会社が変わるとまず駅名標は新しいものに取り替えられるイメージがあるのですが、ここはそうではないようです。まあ古いままの方がお金かかりませんしね。
貴志駅へ向かう時に伊太祈曽ですれ違った電車が和歌山で折り返して戻ってきましたね。伊太祈曽行きとなってる事から、朝ラッシュ運用を終えて車庫に入るのでしょう。
一面の田んぼ。のどかです。
交通センター前駅。駅前に何か電車がありますね……路面電車でしょうか。
調べてみたところ、かつて南海電車が大阪市南部で運行していた路面電車の車両だそうです。ちなみに「交通センター」という駅名から交通関連の公園でもあるのかと思いましたが、交通センターというのはただ単に運転免許試験場のことでした。残念。
草が生え放題の部分もあれば、砂利も枕木も取り替えられて新品同様になってる部分もあり。メリハリが激しいですね。
「たま電車」とすれ違い。この「たま」は当然、貴志駅の元駅長「たま」のことです。
右カーブしてJR線と並走するようになると、大きな駅が見えてきました。和歌山駅です。
左手前からJRとの連絡線が、右奥には留置用の引き上げ線が分岐する中、そのまま直進し、到着です。